質疑応答は文章末です
自由報告一覧に戻る


精神障害者の欧州の組織における名称の議論にみる社会運動

伊東香純(日本学術振興会特別研究員PD/中央大学)


1 はじめに
 本報告は、欧州規模の精神障害者の組織の名称変更の過程の検討を通して、精神医療に対する主張以外の変更の理由を明らかにすることを目的とする。
 精神障害者は、精神医療体制が確立した地域では、精神医学的診断を根拠として様々な差別を被ってきた。その診断は、本人の自発的な受診によりつけられたわけではない場合が少なからずある。このような状況に対して精神障害者は、1960年代の公民権運動やその他の逸脱者の運動に倣って、医学的でない用語で逸脱を語ったり、「狂気」の創造的な側面を強調したりするようになった。このような活動は、アイデンティティの政治として検討され、運動が使用する呼称について、より侮蔑的な意味のない代替的な語を探したり、逆に侮辱に使われてきた語を敢えて自ら使ったりといった戦略が分析されてきた(Anspach 1979)。モリソン(Linda J. Morrison)は、1970年代から90年代の米国の精神障害者の社会運動の主張を分析した。その結果、この運動はアイデンティティの政治として、診断者の適格性を否定したこと、精神医学的診断と有害な介入の結びつきを否定したこと、狂気を誇りにしたり狂気の意味を再定義したりしたこと、診断のスティグマに抵抗し、平等(normalization)を進めると思われる治療は歓迎することを選択したと指摘した(Morrison 2005:165)。
 運動が自分たちの呼称として使用する語の選択は、運動の主張を反映するものとして多くの研究者に分析されてきた。米国の運動についてマクリーン(Athena H. Mclean)は、次のように説明している。

コンシューマー、顧客(client)、患者という自己認識を持つ人々は、精神医療の医学モデル、伝統的な精神医療の治療を受け入れつつも、全体としてのサービス体制の改善やコンシューマーが管理する代替的な方法のために運動する傾向にある。元患者、サバイバー、元収容者という自己認識をもつ人々は、精神医療の医学モデル、専門職によるコントロール、強制的な治療を拒否し、もっぱらユーザーが管理する代替的なセンターのみを求める。(McLean 1995: 1054)

 英国では、ユーザー、サバイバーという用語が使われることが多く、ユーザーは米国のコンシューマー、サバイバーは米国のサバイバーと同様の立場をとる人々を指す場合が多い。ただし、美馬達哉は、「英国では、コンシューマーという語は購買力のある(エリート)消費者という意味なので好まれないという」と指摘している(美馬 2016: 81)。
 これまでの研究では、全国規模やより狭い地方、中でも英米の運動が検討の対象とされてきた。他方で、伊東香純は、世界規模、欧州規模の組織の名称変更の過程を検討した。その上で、(元)ユーザーのみが含まれる呼称で発足した両組織が、異なる主張を持つ人が共に活動する組織であることを明確にするためにユーザー、サバイバー両方を含む名称に変更したと指摘した(伊東 2021: chap. 4)。このように先行研究は、運動が使用する呼称を、主に精神医学的診断やそれに基づく抑圧に抵抗するためのアイデンティティの政治として、運動の主張と関連付けて分析してきた。
 ただし伊東は、欧州の組織において1994年の総会では反対多数のため否決された名称とほとんど同じものが、1997年には反対意見なく採択された過程を記述している。たしかに、この間に組織のメンバーが大きく変わったため、それ応じて好まれる呼称が変わった可能性はある。しかしながら欧州の組織は、1994年以降、名称を議論するためのセミナーなどを開いており、ある程度継続的な議論があった。そこで本報告は、(元)ユーザー、サバイバーの個人及び組織の欧州規模の組織である「欧州精神医療(元)ユーザー・サバイバーネットワーク」を対象とし、ネットワークが1991年に「欧州精神医療のユーザー・元ユーザーネットワーク」という名称で発足してから、1997年に名称を変更するまでの過程を検討する。その上で、名称変更がおこなわれた主張の反映とは異なる理由を考察する。
 ネットワークの活動を明らかにするための方法として、文書史料と口述史料を収集した。文書史料は、ネットワーク及び関係組織の総会や理事の会議などの記録である。口述資料としては、名称に関する議論の中心となっていたメンバー4名を対象に、2018年と19年に半構造化インタビューを実施した。インタビュイーである、デンマークのジェンセン(Karl Bach Jensen)は1994年の第2回総会で共同議長にされた人物であり、ドイツのルソ(Jasna Russo)とレーマン(Peter Lehmann)は名称変更に賛成の立場で、オランダのヴァン・ダー・メールは事務局機能を担っていた欧州デスクの担当者で変更に反対の立場で、積極的に議論に参加した人物である(註1)。インタビューはすべて英語でおこない、実施後、文字起こしを送付して内容を確認してもらった。

2名称変更の過程
 精神障害者の欧州規模のネットワークは、1991 年10 月にオランダで開催された第1 回総会で、「欧州精神医療のユーザー・元ユーザーネットワーク」という名称で発足した。総会では、意思決定機関を持たない組織構造が選択され、郵便などの事務を担う欧州デスクをオランダに設けることになった(European Network of Users and Survivors in Mental Health 1991: 7-11)。しかし、オランダ政府からネットワークへの資金は、オランダの組織を通して提供されていたため、欧州デスクが実質的な決定権を持つ状態となった(Jensen interview on 02 September 2019)。レーマンによると、ネットワークと欧州デスクのあいだには緊張関係があり、ネットワークを組織として登録しようしたとき、その名称を決定したのは欧州デスクであった(Lehmann interview on 31 August 2019)。
 第2回総会は、1994 年5 月にデンマークでおこなわれた。その総会の「将来の組織とネットワークの構造」についての分科会でジェンセンは、前回決めたネットワークの構造は、情報共有には適しているが、政治的に自分たちの意見に影響力をもたせていくには、より強固で整理された構造が必要であるとして、組織構造の変更を提案した。そして、地域ごとに選出した代表と議長の6人で理事会をつくるとの提案を披露し、採択された(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1994a: 41-45)。これによりオランダの欧州デスクは存続しつつ、理事会が総会以外の組織の意思決定機関となった。
 第2回総会では、ドイツのメンバーが25 名の署名とともに「欧州精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(European Network of Users and Survivors of Psychiatry)」という名称を提案した。これは、変更後と比較して、元ユーザー(ex-users)が含まれていない点のみが異なる。この提案は投票の結果、反対過半数により却下された(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1994a: 46)。
 投票にいたるまでの議論について総会報告によると、決定の過程に関して、第1回総会では「半日を費やしてすでに議論したことである」という名称変更に反対の意見と、「未決定である」という意見に割れていた。未決定という見方の中には、第2回総会で決めるべきであるとの変更賛成意見と、時間をとって考えてから次の総会でこの議題を扱えばよいとの反対意見が含まれていた(註2)。また、反対の理由として、スポンサーなど外部組織の混乱を招いたり、外部組織がサバイバーという用語に否定的な意味づけをしたりしており、名称変更によっては「自分で声をあげられないほかの患者たちへの責任」を果たせないと指摘された。賛成の理由としては、「意見の大きな連続体をカバーする共通の名前をつける必要があり、『ユーザー・サバイバー』はそれを満たしている」ことが挙げられた(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1994a: 46-47)。変更に反対したヴァン・ダー・メールにとって、名称の変更それ自体よりも不愉快だったのは、強力な活動家の意見が通ってしまうことだったという。また、提案された名称に付随するENUSPという省略形について、誰も知らない省略形を使っていては、新たな会員に出会いにくいのではないかと懸念していた(Van der Male interview on 30 July 2018)。
 1994年12月にデンマークで、「私たち自身の私たちの理解」というセミナーが開催され、11カ国から30人が参加した。このセミナーは、第2回総会で名称に関する議論が紛糾したために開催されたものであったが、名称自体についての議論はあまりなく、自分たちのことをどのように理解すべきか、どのように見るのかといった大きな像について話し合った(Russo interview on 10 September 2019)。
 セミナーでは、自己理解、自己定義、自己決定、特別な権利か単に平等かという4つの議題があげられ、それぞれについてグループごとに意見を交換したあと、全体でも話し合った。組織の名称に関する意見は、主に自己理解、自己定義のテーマに関連して表明された。参加者が各自記入した意見の中には、「精神医療サバイバー」「反精神医学の活動家」「精神医学の実践に異議を唱える人々」など新しい呼称を提案するものがあった。他方で、「私たちはあらゆる集合的何か(collective-)の一部でありたくないと思っている。だから、欧州のネットワークの新しい共通の名称を見つけ出すのは難しいのだ」や、「私たち全員に当てはまる共通の分類を見つけようとすることには反対です。精神医療からの生還が、私たちに共通しているものであり、私たちの自己認識はそこで終っておくべきです」といった呼称の統一の困難を指摘した意見もあった。さらに、「[私たちを定義する]すべての用語は、連合の名前となりうるものでしかない。それらの用語は、私や他の人を人として定義はしない。もう二度と定義されたくない」、「私たちは精神医療のサバイバーあるいはユーザーである。私たちは、自分たちの組織でこれらの両方の用語を使う。でも、他人が私たちに対してこれらの用語を使うのはいやだ。定義なんてされたくない」といった定義を避けようとする意見があった。同様に、他の人と同じく人間であると定義したいとの見解もあった。(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1994b: 7-10[]内引用者)。
 名称に関する議論はニュースレター上でもおこなわれ、セミナーで提出された意見は、1995年と96年に発行された第4号、5号のニュースレターに14人分が掲載された(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1995d: 2-4, 1996: 2)。1995年1月、第1号とされるニュースレターが発行された。ここでは、第2回総会では名称がもっとも熱く(hot)議論されたことの1つと報告され、全8ページのうち2ページ以上を割いて、ベルリンの2名、ルーマニアの1名の投稿が掲載された。3名とも、名称を変更してサバイバーという呼称を含めるべきであるという立場であった。投稿の中でルソは、変更を支持する理由として、1つ目にユーザー、元ユーザーではネットワークの全員の共通の呼称とならないこと、2つ目に精神医療サービスの中には「利用」によって生命の危機を及ぼすものがあること、3つ目に生還は必ずしも個人的なものではないことをあげた。また、総会での議論については、時間が足りず、この重要な議題は多くの感情を引き起こしたため、議論の継続を提案したと報告する投稿もあった。そこでは、総会では自分が無視、誤解されたように感じ、これは看過できないことだと書かれている。なぜなら、その人は学生のときに「統合失調症」の診断を受けて自分の言葉を失い、以来言葉を非常に重要視してきたからであった(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1995a: 2-4)。第2号のニュースレターでは、第1号の投稿に大きな反響があったことが報告された(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1995b: 2)。
 第3号のニュースレターでは、ユーザーもサバイバーも使わない名称が提案されている。サバイバーを使わない理由は、その用語に衝撃を受けてしまう人々がいるが、自分たちは医療者とさえ議論する必要があり、交渉をする前に攻撃しては意味がないからだった。ユーザーを使わない理由は、それが自分たちではなく他人からの定義であるからだとされた。代わりに提案されたのは、「精神医療に出会った/経験した人々(human beings)」であり、私たちは第一に人間であり、少数民族等その他の少数者のことも気にかけることを表していると説明された(European Network of Users and Ex-Users in Mental Health 1995c: 2)。
 1997年1月に第3回総会が英国で開催された。この総会ですべてのメンバーが名称に自分のアイデンティティが入っていると思うことができ、かつ現在の名称を大きく変えすぎないようにと、現在も使われている名称に変更された(ENUSP 1999: 17)。このときの議論についてルソは、名称変更に関する主な議論がおこなわれたのは第2回総会であり、第3回総会のときにはすでに変更する準備が整っていたという。第3回では、名称を変更したらネットワークが終わってしまうというような心配が表明されることはなく、第2回総会で使われた提案がもう一度提示されたため、あまり議論することなく大半の参加者は変更の準備ができていたという(Russo interview on 10 September 2019)。

3 まとめ
 第3回総会までの組織の名称についての議論では、(元)ユーザーという立場を共有していないメンバーもおり、そのような人たちはサバイバーという呼称を好む傾向にあることが繰り返されていた。このような意見は、先行研究の指摘と重なる。
 しかし、変更に賛成あるいは反対の理由はこれだけではなかった。サバイバーという用語について、新たなメンバーの参加につながりにくいことや、インパクトの強さにより支援者を遠ざけうることなど、その場にいない仲間への配慮が主張されていた。また、最初の名称は十分な話し合いのないまま欧州デスクが決定してしまった点で変更の必要があるとみなされていたことや、変更により「強力な」ドイツのメンバーの意見が通ってしまう懸念があったことがわかった。これらの意見は、変更の賛否は異なるものの、組織の中で権力を持っていると思われる人たちが組織の決定を下すことを批判している点で一致していた。
 さらに、決定の手続きについては、変更に賛成派、反対派の両方が問題にした。最初の決定時に十分に議論が尽くされていないため変更すべきであるとの意見と、名称の議論よりも実際の活動に時間を費やすべきではないかとの反論があった。これらの意見は、名称か活動内容かという議題の違いはあるものの、重要な決定には十分な議論が必要であるという認識は一致していると考えられる。
 第2回総会以降のセミナーやニュースレターで表明された名称に対する意見は、サバイバーという呼称の追加を支持するものと、(元)ユーザーでもサバイバーでもない呼称を提案するものに大きく分けられる。ここから、(元)ユーザーという呼称を含んだ名称を維持する場合に、追加すべき呼称はサバイバーであるという緩やかな合意があったと考えられる。その上で、サバイバーの意味に関しては肯定的、否定的さまざまな評価や背景が表明されていた。代替的な用語は、多く提案されていたものの、それらのどれが適切かという議論はほとんどみられず、変更するか否かという点が議論の焦点となっていた。むしろ、組織として統一した名称の下に活動することの困難や、何らかの定義に対する嫌悪感が表明されていた。それらは、精神医療専門職などの他者によって、自分のことを定義されてきた経験を基にした意見であった。
 第3回総会では、ほとんど議論することなく名称の変更が採択された。ルソによると、これはセミナーやニュースレター上の投稿により、変更の準備ができていたためである。このような経緯から、第2回総会で提案された名称と第3回総会で採用された名称はほとんど同一であるものの、組織の中での意味づけが異なっていたと考えられる。つまり、第2回総会の時点では「強力な」ドイツのメンバーが提案した名称であり、メンバーで議論した結果ではないという位置づけだったものが、第3回総会の時点では運動に参加していない仲間に配慮した上で、メンバーによる話し合いの結果見出した妥協点という位置づけになったといえる。
 先行研究では、精神科医によって時に本人の意思に反してつけられてきた精神医学的診断に対する抵抗として、精神障害者の社会運動における呼称を検討し、その地域や主張による差異を指摘してきた。これに対して本報告では、呼称の用語それ自体だけでなく、それを選択、採用する過程にも精神医療やそれを支持する社会に対する抵抗があり、経済力や権力を持っている人の主張を通すのではなく、組織のメンバーで話し合い運動に参加していない仲間にも配慮しようとしていたことを指摘した。

[註]
1) インタビュイーの経歴などの詳細については、伊東(2021: 44-51)で説明している。
2) 第1回総会での議論については、文書の記録は見つかっていない。

[文献]
Anspach, Renee R., 1979, “From Stigma to Identity Politics: Political Activism among Physically Disabled and Former Mental Patients,” Social Science and Medicine, 765-773.
European Network of (Ex-)Users and Survivors of Psychiatry, 1999, “European Network of (Ex-)Users and Survivors of Psychiatry: Third Conference, Reading, England, 1997, January 3-6,”(2021年8月26日取得,http://enusp.org/wp-content/uploads/2016/03/reading.pdf).
European Network of Users and Ex-Users in Mental Health, 1991,”First European Conference of Users and Ex-Users in Mental Health,”(2021年8月26日取得,http://enusp.org/wp-content/uploads/2016/03/zandvoort.pdf).
――――, 1994a, “The Second European Conference of Users and Ex-Users in Mental health,”(2021年8月26日,http://www.enusp.org/index.php/events-dates/144-second-european-conference-of-users-and-ex-users-in-mental-health).
――――, 1994b, “Our Own Understanding of Ourselves,”(2021年8月26日取得,http://www.enusp.org/enusp-events-dates/congresses/kolding.pdf?phpMyAdmin=f62c3a4496df92b2798ee4de97870d4d).
――――, 1995a, “The European Newsletter of Users and Ex-Users in Mental Health,” 1.
――――, 1995b, “The European Newsletter of Users and Ex-Users in Mental Health,” 2.
――――, 1995c, “The European Newsletter of Users and Ex-Users in Mental Health,” 3.
――――, 1995d, “The European Newsletter of Users and Ex-Users in Mental Health,” 4.
――――, 1996, “The European Newsletter of Users and Ex-Users in Mental Health,” 5.
伊東香純,2021,『精神障害者のグローバルな草の根運動――連帯の中の多様性』生活書院.
McLean, Athena Helen, 1995, “Empowerment and the Psychiatric Consumer/ Ex-patient/ Movement in the United States: Contradictions, Crisis and Change,” Social Science and Medicine, 40(8): 1053-1071.
美馬達哉,2016,「脱精神医学化の二つのエッジ――RDoC(研究領域基準)とマッドネス『現代思想』44(17): 73-89.
Morrison, Linda J., 2005, Talking Back to Psychiatry: The Psychiatric Consumer/ Survivor/ Ex-Patient Movement, New York and Oxon: Routledge.


■質疑応答
※報告掲載次第、9月25日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人は2021jsds@gmail.comまでメールしてください。

①どの報告に対する質問か。
②氏名。所属等をここに記す場合はそちらも。
を記載してください。

報告者に知らせます→報告者は応答してください。いただいたものをここに貼りつけていきます(ただしハラスメントに相当すると判断される意見や質問は掲載しないことがあります)。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。


自由報告一覧に戻る