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質疑応答は文章末です


内部障害者に対する学び直しの有用性の検証

長久保嵩文(法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(院生))
山﨑泰明(法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科)


要旨
 本研究の目的は、内部障害者に対する学び直しが、障害者と雇用者双方にとって利益となることを示し、内部障害者のキャリア形成に新たな道を開くことである。
 現在、日本では内部障害者に対する社会的な認知度が低く、就労率も高いとはいえない。
 また今後日本企業は、①SDGs等の理念の浸透による社会通念の変化、②生産年齢人口の減少、③国の障害者雇用政策の強化、④IT技術の進展による就労形態の変化、という四つの面から変化を促されることになる。そして社会情勢の変化に対応できるか否かが企業の成長にとって重要な問題となると推測される。
 この二つの問題に対する解決策として、私は内部障害者に対する学び直しが有効だと考える。内部障害者が学び直しを通してIT技術に関する知識、及び技術を修得することで、就労者としての価値を向上させることが可能である。そしてその活動を企業が支援することは、障害者と雇用者双方にとって利益となる。
 結果として、内部障害者のキャリア形成に新たな道が開け、就労率の向上に繋がると考える。

キーワード; 学び直し、ディーセントワーク、ダイバーシティ

本文

はじめに
 本研究の目的は、内部障害者に対する学び直しが、障害者と雇用者双方にとって利益となることを示し、内部障害者のキャリア形成に新たな道を開くことである。
 障害者とは、障害者総合支援法等関連法規によれば、身体障害者、知的障害者、精神障害者(発達障害者を含む)、難病患者のうち十八歳以上の者と規定されている。
 なお、内部身体障害者とは、身体障害者のうち、心臓機能障害、腎臓機能、呼吸器機能、膀胱・直腸機能、小腸機能、肝臓機能に障害を持つ者、及びヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害を持つ者を指す。人数としては、2016年の時点で、障害者手帳を所持している内部障害者は約23万7千人存在する。(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課  2016:2)
 しかし、これらの内部障害者は一見して障害を持っているとわからないことが多いためか、社会的な認知度が高いとは言えない。よって、これを高めることにより、内部障害者の就労率の向上に寄与することが本研究の目的である。

1.背景
 厚生労働省が実施した障害者雇用実態調査によれば、2018年6月時点で雇用されている身体障害者は約42万3千人である。そのうち、正社員として雇用されているのは約半数の52.5%である。また障害種別でみた場合、内部障害者は全体の約3分の1に当たる28.1%を占める。(厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課地域就労支援室 2018:5)

図表1;障害者の就労状況

図表1の説明。
 図表1では障害者の就労状況を3つの円グラフで表している。
 一番左側の円グラフは、全労働者の正規雇用者と非正規雇用者の比率を示しており、正規雇用の割合は62.2%となっている。
 真ん中の円グラフは身体障害者の正規雇用者と非正規雇用者の比率を示している。就労している身体障害者のうち、正規雇用の割合は52.2%となっている。
 右側の円グラフは、障害の種別ごとの雇用の状況を示している。本研究の対象である内部身体障害者は障害者の雇用者全体の28.1%となっている。

 上記の図表1のグラフで示した通り、労働者全体と身体障害者では、正規雇用されている割合に10%近い差が生じている。このような状況になった要因は、大きく二つあると考える。
 一つは、定期的な通院や治療の必要性から、9時から5時の就労形態である一般的な就労形態に適応しづらいこと。二つ目は、雇用者側に障害者を雇用した経験が少ないため、採用を躊躇していることである。実際に法定雇用率未達成企業のうち、57.7%の企業は障害者を一人も雇用していない。(厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課 2021:2)
 これらの理由から、雇用者は障害者を雇うよりも、障害者雇用納付金を支払うことを選択する場合が多い。なお障害者雇用納付金とは、法定雇用率を達成できていない企業が、不足する障害者数に応じ、1人ごとに月に5万円を納付する制度である。
 ただ、後でも述べるように、IT技術の発展やジョブ型雇用の浸透により、場所や時間にとらわれない多様な就労形態が普及しつつある。加えてSDGsやダイバーシティ、インクルージョンといった理念の浸透により、障害者雇用を増加させる社会的要請が高まっている。
 一方、IT技術の進展はこれまで障害者雇用の受け皿になってきたデスクワークや単純作業を消滅させる可能性もはらんでいる。よって障害者自身が環境の変化に対応した新たなスキルを身に付け、就労者としての付加価値を向上させることが重要であり、さらに雇用者がそのような活動を支援することは企業の継続的発展に寄与すると考える。

図表2;外部環境(PEST分析)

図表2の説明
 図表2は、私の研究を取り巻く外部環境をPEST分析のフレームワークを用いて列挙している。
 Pは「ポリティクス」、いわゆる政治的な外部環境について、Eは「エコノミック」、経済的な外部環境、Sは「ソーシャル」、社会的な外部環境、そしてTは「テクノロジー」、技術的な環境について示している。

2.課題
2-1.就労人口の変化
 総務省の統計によれば、現在日本の人口において15~64歳の生産年齢人口の割合は、1990年をピークに減少を続け、現在では約60%となっている。そして15歳未満の人口も減少傾向が続いているため、生産年齢人口は今後も減少していくと考えられる。(総務省統計局 2022:5)
 つまり、今後の日本社会において人手不足が一層深刻化する、ということである。
 そのような状況において、現在就労率の低くなっている内部障害者の雇用を増加させることは企業と障害者の双方にとって有用だと考える。

図表3;日本の年齢区分別人口の割合の推移

図表3の説明
 図表3の折れ線グラフは、1950年から2021年までのわが国の生産労働年齢人口の推移を表している。15才未満の人口が減り、65才以上の人口が趨勢として増加している。その結果、黒い実線で表している生産労働人口が1990年以降、減少し続けている。

2-2.障害者雇用政策の変化
 日本における障害者雇用政策は年々強化されている。障害者雇用促進法の43条第1項において、事業主に対して法定雇用率以上の割合で障害者を雇うことを義務付けている。法定雇用率は2012年までは全使用者の1.8%だったが、その後段階的に上昇し、2021年から2.3%に引き上げられた。また2022年度から新たに43.5~45.5人未満の企業も障害者の雇用状況の報告対象となっている。
 このように障害者の雇用政策は年々強化されており、法定雇用率は今後も上昇が見込まれ、対象となる企業の拡大も予測される。また、今後、国が障害者雇用をさらに促進しようと考えた場合、障害者雇用納付金の増額も考えられる。このように国による障害者雇用政策は今後一層拡大していくものと推測される。

2-3.社会通念の変化
 背景の項でも述べたように、SDGsやダイバーシティ、インクルージョンといった理念は社会に浸透しつつある。実際に日本経済団体連合会も2017年に「ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて」という文書内で、「企業の組織活性化、イノベーションの促進、競争力の向上に向けて、まずは女性、若者や高齢者、LGBT、外国人、障がい者等、あらゆる人材を組織に迎え入れる『ダイバーシティ』が求められ」、「その上で、あらゆる人材がその能力を最大限発揮でき、やりがいを感じられるようにする包摂、『インクルージョン』が求められる」と述べている。(一般社団法人 日本経済団体連合会 2017:3)
 このような社会通念の変化により、障害者を登用する社会的な要請は高まっていると言える。

2-4.就業形態の変化
 新型コロナウイルスの感染拡大以降、国をあげてリモートワークが推進されている。
 既に複数の大企業が従業員にリモートワークや在宅勤務を推奨しており、リアルオフィスへの出勤を必須としない企業も出てきている。この流れは今後も変わることないと考えられる。
 さらに今後はメタバース技術の発展に伴い、仮想空間にオフィスを作り、従業員は自宅からそこへ通勤する、といった就業形態をとる企業も現れてくると思われる。
 以上のように進化するIT技術は、従来のリアルのオフィスへ出勤するという就業形態を大きく変えつつある。

3.仮説
 前出の課題1項及び課題2項において、内部障害者の就労状況の現状と、今後の日本企業が直面する課題を提示した。
 その上で私は、内部障害者に学び直しやリスキリングを実施し、かつ企業がその活動を支援することが、これらの問題の解決に大いに役立つと考える。そして学び直しを継続的に行う障害者を積極的に組織に取り入れることは、企業内の多様性を増加させ、その多様性がイノベーションの創出を促進する。
 そのため、この活動により障害者と企業の双方に利益をもたらすと予測される。

4.仮説に対する解決策
4-1.内部障害者が学ぶべき内容
 前項の仮説において、内部障害者に対して学び直し等の学び直しを、企業は積極的に支援するべき、と述べた。具体的には、IT分野の知識、及び技術の修得が最も有望だと考える。
 なぜなら、今後の日本の発展にはIT人材の拡充が極めて重要だと考えられている一方、日本のIT人材が欧米諸国に比べて大いに不足しているためである。しかし、IT技術の進展は今後も進み、業務においてそれらに対応する必然性は今後高まっていくことは確実である。特にメタバースのような仮想空間の普及につれて、その重要性は一層増していくため、IT技術に長けた人材の育成はどの分野の企業であっても急務だと考える。

4-2.学び直しの普及と定着
 次に日本の学び直しの現状について確認する。現在の日本において、学び直しを含めた学び直しの必要性を感じている割合は、他国に比べ劣っている。下記の図表4は、総務省が行った、学び直しの必要性に関する調査結果を国際比較したものである。「必要になる可能性が極めて高い」、及び「必要になる可能性が高い」と感じている回答者の割合は、日本が最も低くなっている。特に「極めて高い」と感じている割合はわずか10%であり、アメリカの半分程度と極めて低いことがわかる。(総務省 2018:197)

図表4;学び直しや職業訓練の必要性(国際比較)

図表4の説明
 図表4は、上から日本、アメリカ、イギリス、そしてドイツの4ヵ国の学び直しの必要性に関する度合いを帯グラフを用いて表している。
 グラフは「必要になる可能性は極めて高い」「必要になる可能性が高い」「必要になる可能性は低い」「必要になる可能性は極めて低い」「わからない」の五つの区分で示されており、概して、日本の学び直しに関する意識は他国に比べて低いことを表している。

 図表4が示す通り、日本の就労者の学び直しへの意欲は高いとはいえない。
 しかし、文部科学省が公表した「令和元年度 社会人の学び直しの実態把握に関する調査研究」によれば、学び直しを経験した社会人の半数以上が処遇やキャリアにおいてプラスの影響を実感している、という調査研究結果が示されている。(株式会社エーフォース調査部門 2019:24)
 よって日本においては、学び直しへの意欲は低いが、行った就労者は効果を感じている、という状況にあると言える。

4-3.学び直しによるディーセントワークへの就労の実現
 前述のように、日本ではIT人材が不足している一方、学び直しが普及しているとは言えない。このような状況下において、内部障害者が率先してIT技術に関する学び直しを行うことで、労働者としての付加価値を向上すると考える。そうすることにより、ディーセントワークへの就労率が高められる可能性がある。なお、ディーセントワークとは「働きがいのある人間らしい仕事」を指す。SDGsの目標8にも掲げられている概念である。
 ディーセントワークに就労し、安定的な雇用を得ることは心理的安全性の向上、及びトンネリング現象(金銭や人間関係などの重要な資源が不足していると、その不安により長期的思考ができなくなる現象を指す)の低減に繋がる。また雇用者にとっては、障害者の定着率が向上することで、採用及び教育コストの削減が期待できる。
 このように、内部障害者が学び直しを実施し、かつその活動を企業が支援することで、内部障害者のキャリア形成と企業の持続的成長に資すると考える。

5.今後の課題
 これまでにいわゆるリカレント教育やリスキリングなどを含めた学び直しの重要性が高まっていくことを確認した。
 しかしながら、日本において学び直しの環境が整っているとは言えない。特に最も重要なのは、需要に沿った学び直しの機会の提供することである。内閣府は令和4年度の年次経済財政報告において、「我が国の社会人学習は柔軟性に欠け、労働市場のニーズも満たしていない」と指摘している。(内閣府 2022:179)
 また、4-2項で紹介した「令和元年度 社会人の学び直しの実態把握に関する調査研究」によれば、民間企業等で学び直しを行っている者のうち、7割以上は費用を自己負担で賄っている。(株式会社エーフォース調査部門 2019:21)
 日本の就労者が学び直しへの意欲が低い理由も、これら事実と無関係ではない可能性が大きい。よって費用負担の在り方を含めた有効なカリキュラムの策定が重要と考える。
 加えて、内部障害者の認知度を高めていくことも重要である。
 そうすることにより、内部障害者が学び直しを行うことで、企業と内部障害者双方にメリットが生まれる、という認識も広がっていくと推測される。

まとめ
 以上のように、日本において内部障害者の就労率は高いとはいえない。また、今後日本企業は①社会通念の変化、②生産年齢人口の減少、③国の障害者雇用政策の強化、④IT技術の進展による就労形態の変化、という四つの面から変化を促されることになる。
 そして社会情勢の変化に対応できるか否かが企業の成長にとって重要な課題となると推測される。この二つの課題に対して、私は内部障害者に対する学び直しが有効な解決策だと考える。
 IT技術の発達により、現在はリモートでの業務や学習が容易になっている。一方、高度がする技術に対応する人員の育成は各企業で急務となっている。
 よって内部障害者が学び直しでIT技術に関する知識や種々のテクノロジーを学ぶことで就労者としての価値を向上させることが可能である。そしてその活動を企業が支援することは、障害者と雇用者双方にとって利益となり、その結果、内部障害者のキャリア形成に新たな道が生じ、就労率の向上に繋がると思われる。

文献リスト
[1]新井卓二,玄場公規,2019年,『経営戦略としての健康経営』,合同フォレスト株式会社発行
[2]新井卓二,2022,『最強戦略としての健康経営』,同友館発行
[3]阿地知進,2021,「理念的必然性を持った障害者雇用」,『障害学会第18回大会自由報告』(2022年7月9日取得, https://jsds-org.sakura.ne.jp/18-2021taikai/jsds2021jiyuhokoku/ajichi/)
[4]一般社団法人 日本経済団体連合会,2017,『ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて』(2022年8月6日取得, https://www.keidanren.or.jp/policy/2017/039_honbun.pdf)
[5]株式会社エーフォース調査部門, 2019,『令和元年度 社会人の学び直しの実態把握に関する調査研究』(2022年7月9日取得,https://www.mext.go.jp/content/20200731-mxt_syogai03-100000261_1.pdf)
[6]厚生労働省社会・援護局 障害保健福祉部 企画課,2016,『平成28年生活のしづらさなどに関する調査』(2022年8月6日取得, https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/seikatsu_chousa_b_h28.pdf)
[7]厚生労働省職業安定局 障害者雇用対策課 地域就労支援室,2018,『平成30年度障害者雇用実態調査』(2022年7月11日取得, https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000521376.pdf)
[8]厚生労働省職業安定局 障害者雇用対策課,2021,『令和3年の障害者雇用状況集計結果』(2022年7月11日取得, https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000871748.pdf)
[9]内閣府,2022,『令和4年度 年次経済財政報告』(2022年8月6日取得,第2章第2節,https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je22/pdf/p030003.pdf, 第3章第3節,https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je22/pdf/p030003.pdf)
[10]島田由香,2022,「マイノリティーからマジョリティーへ」,『一橋ビジネスレビュー』2022年春号76-96
[11]総務省,2018,『H30年度・情報通信白書』,日経印刷株式会社
[12]総務省統計局,2019,『労働力調査(基本集計)平成30年(2018年)平均(速報)』(2022年7月11日取得, https://www.stat.go.jp/data/roudou/rireki/nen/dt/pdf/2018.pdf)
[13]総務省統計局,2022,『人口推計(2021年(令和3年)10月1日現在)」(2022年7月11日取得, https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2021np/pdf/2021gaiyou.pdf)
[14]総務省情報流通行政局 情報通信政策課 情報通信経済室,2018,『ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究』(2022年8月6日取得,https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h30_03_houkoku.pdf)
[15]杉山文野,2022,「セクシャルマイノリティーと日本社会」,『一橋ビジネスレビュー』2022年春号20-30


■質疑応答
※報告掲載次第、9月17日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はjsds.19th@gmail.com までメールしてください。

①どの報告に対する質問か。
②氏名。所属等をここに記す場合はそちらも。
を記載してください。

報告者に知らせます→報告者は応答してください。いただいたものをここに貼りつけていきます(ただしハラスメントに相当すると判断される意見や質問は掲載しないことがあります)。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。

〈2022.9.13 会員から〉
廣野俊輔 同志社大学
内部障害に焦点を当てた障害学の研究蓄積は多いとは言えず、貴重な報告かと思います。「学びなおし」をするにあたって、内部障害に特有に必要な配慮などは考えられるでしょうか?

〈2022.9.14 報告者から〉
内部障害者の方の学び直しでは、内容面では健常者の方と同じように、今後のビジネス環境で重要となる分野の知識・技術を修得すべきだと言えます。その理由は、内部障害者の方は、健常者の方と同様に業務の遂行が可能な場合が多いと考えられるためです。そして学び直しの具体的な内容については、今後一層進展するであろう社会のデジタル化に対応するため、IoT、AI、メタバースといったIT分野の知識・技術を修得すべきだと思います。また実施する際には、内部障害者の方は通院や治療など時間的制約をお持ちの方が多いことに配慮し、リモート講義や動画配信などを積極的に活用していく必要があると考えます。


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